恋人がくれた時間が壊れてしまった。
死別した恋人は、時計が好きだった。 時計を眺めては針を動かし、過去へ未来へと自由に放浪をするのが趣味だった。
恋人は研究者だった。 狭い家には時空間実験室があった。 恋人は実験が大好きで、よく夜中に実験室にこもっては10年後まで出てこなかったりした。 私は恋人が実験室から出てくるのを気長に待ったり、たまに実験室に入って実験の邪魔をしては、怒られて4分前につまみ出された。
恋人はよく時間をプレゼントしてくれた。 特に、毎年クリスマスには、長くて持ちきれないほどの時間をくれた。 外で時間をくれたときは、ぽろぽろこぼしてしまって、「もったいないよ〜」と言いながら儚そうな顔で時間を拾い集めていたのをよく覚えている。
恋人が死んでから、恋人がくれた時間はだんだん短くなっていった。 恋人が生きているうちには、短くなる時間より恋人がくれる時間の方が長くて、「こんな時間使いきれないね」と笑っていたが、恋人がいなくなってしまってからは時間は短くなる一方だった。
今日、起きたら、恋人のくれた時間は壊れていた。 朝おきて窓の外を見たら、太陽は西にいて、飛行機は後ろ向きに飛び、人は静止していた。 鏡を見たら私は幾分も老けていて、飼っている犬は子犬に戻っていた。 私の腕時計は過去の方向を向いていて、部屋の掛け時計は時間を潰していた。
恋人のことを忘れたわけではないが、恋人がいない生活に慣れてしまった罰かなと思って、実験室を覗き込んだら、実験室はできる前に戻っていた。
恋人の形見の腕時計をしてみると、その時計だけは正確に時を刻んでいた。 まるで時間を壊してしまった私を叱っているみたいで、おかしいようなさみしいような、そんな気持ちになって、そっと時計を外しては、実験室のある場所に静かに置いておいた。
遠い未来の朽ち果てた実験室では、幼い恋人が遊んでいた。